「上田利治」最大の功績とは?バズワード201707_Yahoo

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2017年7月度のYahoo最多検索数5位となった急上昇ワードは、「上田利治」です。
詳細データは以下をご覧下さい。

ランクイン回数トータルポイント詳細ワード
1回 
17,101,585点  
上田利治

類義語でのランクインなし

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「上田利治」さんとは誰か?

元プロ野球選手で、広島カープで活躍。
現役引退後は監督を務め、日本シリーズ3連覇など数々の偉業を達成した方です。

「上田利治」さんがランキング入りした理由

2017年7月1日にお亡くなりになったからです。
享年80歳。死因は肺炎と発表されています。

今なお語り継がれる「伝説」

上田元監督の訃報を受け、マスコミや在籍球団などから多数の追悼記事が出ており、
検索上位表示されています。

野球はあまり詳しくないのですが、上田元監督の実績を辿ってみました。
そして、調べれば調べるほど上田元監督は本当に凄い人だったんだなぁ…と実感しました。

もっと色々な伝説があるのでしょうが、ざっと上位表示された記事に目を通しただけでも

  • 現役時代の成績は無いに等しい選手が一軍監督に昇りつめたこと
  • 監督としての通算勝利数は歴代7位
  • 日本シリーズ三連覇という記録を達成した監督は上田さん含めたったの5人
こうした素晴らしい経歴の持ち主だということが分かりました。
野球監督らしく言えば、「名将」と呼ばれるべき方なのでしょう。

上田元監督がプロ野球選手として活躍したのはわずか3年。
しかも、打率や本塁打数、盗塁数などで特出した数字もありませんでした。
そんな選手が、何故監督になれたのか?

上田さんは、もともとプロ野球選手になるつもりはなかったとのこと。
それが何故、プロ野球界に骨を埋めることとなったのか?

そのきっかけは、以下の記事で上田さんご本人が答えています。
是非ご覧になってみて下さい。

今月1日に80歳で亡くなったプロ野球の名将・上田利治さんは広島OBだった。いや、広島の親会社・東洋工業(現マツダ)のOBだった、と言ったほうが正確かもしれない。
「3年経ったら引退して本社に戻るという約束で広島カープに出向し、野球をしていた」

この一文、凄く違和感があると思いませんか?
今、このような選手はいるのでしょうか?

やっと本業に戻れるかと思いきや、社長に口説かれ、
指導者としての道を歩み始めたそうです。

その後の上田さんの活躍についてはマスコミ各誌の報道に詳しいのでここでは割愛しますが、

名選手でなくとも、記録にも記憶にも残る偉大な指導者になれる

という結果を出し、後進への道を切り拓いた方だということは、
まぎれもない事実だと思います。

あとがき:「花も実もある指導者」としての功績を偲ぶ

ビジネスの世界においても、

「 名選手、( 必ずしも) 名監督にあらず 」

とよく引き合いに出されるこの言葉。
但し、この言葉を語る上で大切なこととは、

名選手に監督をさせたら上手くいかなかったことを掘り下げるのではなく、
名選手でなくとも優秀な指導者としての素質がある人を見つけることです。

組織としてのパフォーマンスを最大限に引き出すのが名監督(マネージャー)な訳です。

人の上げ足を取るのに時間を費やすより、優秀なマネージャーの卵を見つけ、
育成するのが結果を出す上では大切なことですよね。

言葉の通り、まさに

  • 「記録にも・記憶にも残る指導者」

として選手やファンを魅了した上田前監督。

名監督の偉業に思いを馳せつつ、心からご冥福をお祈りしたいと思います。

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